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40周年記念誌」 から


節目の年を迎えて
                          水車の会 会長
                 三幣 達也


 私ども水車の会は1964年4月に発足しました。
それは、折りしも東京オリンピック開催の年でしたが、
OECD資金を借りてやっと首都高速道の建設が間に
合ったという国力で、三十前のサラリーマンでは住宅
公団の入居申し込み資格に年収が足りず、電話の引き
込みですら順番待ちの時代でした。
 また、当時の録音機はオープンテープレコーダーで
重く、性能はともかく割高でしたので持っていない方
がほとんどでしたから、会の活動はまず、テープレコ
ーダーの手配と使い方の指導から始まったとのことで
す。   
 それが今日50名余りの会員を擁して「声の川崎市
だより」など4本のテープを同時製作するだけでなく
時には関係先の行事のお手伝いに出向けるほどになり
ました。 これは、相応しい社会ニーズがあったからと
はいえ、偏に行政を始めとして各種の機関にご指導い
ただいたことと共に、関係する多くの方々にご理解と
暖かいご支援を賜った結果であります。
ここに記し、感謝の意を表します。  
 また内では、ボランティアの育成と実践の場を提供
し続ける優秀なリーダーに恵まれました。 それだけに
私たちは現状に甘えず、朗読と録音技術のなお一層の
向上とマナーの修得を図って、より分かり易く、しか
も温かく親切なテープを必要に応じて作ることのでき
る体制を整えねばと思う次第です。
 大方のご批正とご鞭撻を願ってやみません。

    


1964(昭和39)年〜1973(昭和48)年
年 度 会 長 副会長 会 計 書 記 監 査 備 考
1964
(S39)
(連絡係)
斉藤準
武藤伊都子
山田孝子
三森登紀代
斉藤準
  ※ 4月6日「水車の会」結成
   事務局 川崎市社会福祉会館(旧川崎球場裏)
  ※「月刊 図書室」製作テープ第1号
市青協  斉藤準
(川崎市青年団体連絡協議会) 11月結成
 
1965
(S40)
斉藤準   佐藤保子   市青協 斉藤準
※「月刊 図書室」を「月刊 えつらん室」と改名
1966
(S41)
斉藤準   佐藤保子 加藤弘子
井片純子
武藤伊都子 市青協 斉藤準
三奉
(川崎市社会福祉会館三奉仕会連絡協議会)
   S40・6月結成
 斉藤準 佐藤保子
1967
(S42)
斉藤準   稀代素子
佐藤保子
武藤伊都子
片山温子
吉田始世
八木須美子
市青協 斉藤準
三奉
 斉藤準 原口孝造
※ テープ版選挙公報(衆議院)製作
この年より選挙毎に製作
1968
(S43)
原口孝造   広田由美江 佐藤保子   三奉
 斉藤準 吉田始世
 大野木信子
※ テープレコーダー補装具化 署名運動展開
1969
(S44)
嘉重きよ 矢田真由美 滝島照子
吉田始世 
大山俊子
尾形昭子 
武藤伊都子
斉藤準
三奉
 斉藤準 大野木信子
 高橋  森義隆 
※ 6月15日 創立5周年記念式典 中原会館
1970
(S45)
嘉重きよ 森義隆 岡田誠子
佐々木きみ子
武藤伊都子
小野久留美
  三奉
 斉藤準 武藤伊都子
 千枝忍 嘉重きよ
 大石敏彦 針ヶ谷由子
県録連
(神奈川県録音奉仕団連絡協議会)12月結成
 斉藤準 小野久留美
1971
(S46)
武藤伊都子 針ヶ谷由子
森義隆
吉江弘子
斉藤君江
伴美津子
福原初恵
  三奉
 斉藤準 武藤伊都子
 嘉重きよ 針ヶ谷由子
 小野久留美 楠幸雄
県録連
 斉藤準 小野久留美
1972
(S47)
針ヶ谷由子 保坂豊子
楠幸雄
吉江弘子
中島美智子
山本惇子
穴水典子
加藤弘子 三奉
 武藤伊都子 嘉重きよ
 針ヶ谷由子 楠幸雄
 安部政弘 鈴木順一
県録連
 斉藤準 嘉重きよ
 鈴木順一
川ボラ
(川崎ボランティア協議会)  3月結成
 斉藤準 嘉重きよ
※ 「声の川崎市だより」製作開始
1973
(S48)
針ヶ谷由子 吉江弘子
山本一彦
中村光子
小野久留美
山本惇子
鈴木順一
  県録連
 斉藤準 岡田誠子
川ボラ
 斉藤準
町づくり市民の会結成


1974(昭和49)年〜1983(昭和58)年
年 度 会 長 副会長 会 計 書 記 監 査 備 考
1974
(S49)
鈴木順一 草刈恵理子 久保内薫 田村一夫 県録連
 鈴木順一 山本一彦
 田島かよ子
川ボラ・町づくり
 斉藤準
   ※ 創立10周年
   ※ 日進町に川崎市福祉センター
          盲人図書館開館に伴い、事務局も移転。
1975
(S50)
鈴木健次 野口三千代 北山四郎 佐藤直子   県録連
 鈴木順一 山本一彦
 野口三千代
川ボラ・町づくり
 斉藤準 中田利子
 橋本範子
1976
(S51)
山本一彦 佐藤直子 掛川裕彦
小沢知恵美
    県録連
 磯野恵一 近野豊
 野口三千代
川ボラ・町づくり
 斉藤準 小野久留美
 冨塚清子
  ※ 11月28日 「月刊 えつらん室」100号記念パーティー
       川崎市福祉センター  講演 山内雅人氏
1977
(S52)
磯野恵一 冨塚清子 達依久子 上原正子   県録連
 磯野恵一 近野豊
 野口三千代
川ボラ・町づくり
 斉藤準 小野久留美
 小沢知恵美 根本都
1978
(S53)
佐藤直子 斉藤準 上原正子 達依久子   県録連
 山本一彦 小林美恵子
 野口三千代
川ボラ・町づくり
 斉藤準 小野久留美
 小沢知恵美 根本都
 冨塚清子
   ※ 「音のしおり」製作開始
   ※ 森山学校開催(中堅会員対象)
         講師 森山親弘 ラジオ関東ディレクター
1979
(S54)
山本一彦 冨塚清子 小林美恵子 柴田真理子   県録連
 山本一彦 小林美恵子
 野口三千代
川ボラ・町づくり
 斉藤準 磯野恵一
 佐藤直子
※ 10月7日 創立15周年記念パーティー
1980
(S55)
磯野恵一 野口三千代 長田美穂 高橋昭子 村中孝 県録連
 鈴木順一 磯野恵一
川ボラ・町づくり
 斉藤準 楠田五郎
※ 「声の川崎市だより」100号突破
1981
(S56)
山本一彦 加藤智子 高橋昭子 井沢史子 小沼紀雄 県録連
 鈴木順一 磯野恵一
川ボラ・町づくり
 斉藤準 
1982
(S57)
野口三千代
  (杉友)
磯野恵一 磯野恵一 倉林昌浩 楠田五郎 県録嘩
 石川義晃 斉藤和美
川ボラ・町づくり
 斉藤準 小林美恵子
 佐藤直子 小沼紀雄
     ※「声の川崎市だより」のダビングを
           福祉作業所「なかまの家」に委託開始。
1983
(S58)
石川 義晃 古沢里美 五月女美南子 小林千代子
相川光子
山本一彦 県録連
 石川義晃 斉藤和美
川ボラ・町づくり
 斉藤準


1984(昭和59)年〜1994(平成6)年
年 度 会 長 副会長 会 計 書 記 監 査 備 考
1984
(S59)
井上孝 岡道子 土岐妙子 富田順子
小林千代子
三幣達也 県録連
 石川義晃 高橋昭子
川ボラ・町づくり
 斉藤準 小林美恵子
※11月23日 創立20周年記念式典 労働会館
1985
(S60)
井上孝 富田順子 岡道子
斉藤準
磯野恵一 三幣達也 県録連
 石川義晃 高橋昭子
川ボラ・町づくり
 斉藤準
1986
(S61)
井上孝 富田順子 岡道子 磯野恵一 三幣達也 県録連
 鈴木浩史 栗原章子
川ボラ・町づくり
 斉藤準
※ 川崎市文化賞 受賞
1987
(S62)
磯野恵一 三幣達也 石川義晃
井上孝
吉野葉子 五月女美南子 県録連
 宮田和明 末吉孝
川ボラ・町づくり
 斉藤 準
1988
(S63)
磯野恵一 岡道子 石川義晃 吉野葉子
宮里恵子
  県録連
 福島正美
川ボラ・町づくり
オブリガード
 (川崎市視覚障害者ボランティア連絡会)5月結成
 斉藤 準
1989
(H元)
三幣達也 岡道子 石川義晃
井上孝
吉野葉子
小松敏夫
小松芳子
五月女美南子
福島正美
県録連
 福島正美 三幣達也
 早稲田文子 田中久子
 植村和子 川内幸江
 門馬糸子
川ボラ・町づくり
オブリガード
 斉藤準
    ※ 創立25周年
    ※「月刊 えつらん室」200号突破
1990
(H2)
三幣達也 岩崎久留美 石川義晃
井上孝
奥村令子
内田祥江
河西善雄 県録連
 吉野葉子 内野文夫
川ボラ・町づくり
オブリガード
 斉藤準
1991
(H3)
岩崎久留美 井上孝
内野文夫
石川義晃
井上孝
磯野恵一
山口久子
関美奈子
三幣達也 県録連
 内野文夫
川ボラ・町づくり
オブリガード
 斉藤準
1992
(H4)
岩崎久留美 内野文夫
北沢慧夷子
石川義晃
井上孝
今枝和子
山口久子
三幣達也 県録連
 添田毬子 桜井由美子
 遠藤素子 福島幹枝
川ボラ・町づくり
オブリガード
 斉藤準
1993
(H5)
内野文夫 岩崎久留美
北沢慧夷子
石川義晃
井上孝
今枝和子
山口久子
三幣達也 県録連
 遠藤素子 福島幹枝
川ボラ・町づくり
オブリガード
 斉藤準 鈴木順一
1994
(H6)
内野文夫 北沢慧夷子
遠藤素子
鈴木美穂
山口久子
徳重豊
大沢広美
三幣達也 県録連
 遠藤素子 福島幹枝
川ボラ・町づくり
オブリガード
 斉藤準 鈴木順一
   ※ H7年3月4日
        創立30周年記念パーティー 産業振興会館


1995(平成7)年
会 長 北沢慧夷子
副会長 佐々木利江
    石井ゆきえ
会 計 鈴木 美穂
    大川 京子
書 記 徳重 豊
    梅沢かよ子
監 査 三幣 達也
県録連 福島 幹枝
    遠藤 素子

オブリガード 斉藤 準
神奈川地域社会事業賞受賞(神奈川新聞社)

朗読・アナウンス ボランティア講習会

読者との交流会 10月15日  キリンビアビレッジ

テープ版 選挙公報 4月 統一地方選挙    7月 参議院選挙
私と市政だよりのオープニング
大川 京子
 私が水車の会員になったのは、たぶん平成三年だったと思います。上の子が高校生、下の子が小学生でした。その子供たちは今はもう結婚して、ひとりはお母さんになりました。この十三年間に、私は少しだけ老けただけだと思っていたのに、子供たちにとってはすごい時がながれていたんですね。
 この間、私はほとんど市政だよりに携わっていたので、市政だよりのオープニングは数え切れないほど担当しました。そんなオープニングをふりかえってみると、子供が小学生のころは今時の小学生を、中学高校生になると気になった学生たちの様子などを取り上げ、社会人になったら社会人へのエール、巣立ったあとは小さかった頃の思い出、今はもういなくなってしまった犬と、毎日散歩した公園で目にした季節の移り変わりなど、オープニングの中に私の生活がたくさんありました。
 今は夫婦二人きりの静かなちょっぴり寂しい生活.、そのためかどうかはわかりませんが、新聞などで見つけた話題が多くなり、自分の目で耳で体で感じたオープニングが少なくなってしまいました。
 そんなオープニングを聞いてくださり、読者の皆さんありがとうございます。えっ! 実はあまり聞いてなかったって……
 これからも、水車の活動は自然体であまり無理せず、でも少しだけ無理して長く続けていきたいと思います。
 創立時、十周年、二十周年の時は水車の存在を知らず(その頃は川崎には住んでいませんでしたが) 三十周年はかろうじて参加でき、そして迎えた四十周年はそれなりに頑張って、十年後の五十周年はまだバリバリで、六十周年は、うーんほそぼそとでもガンバレてたらいいなァー!


1996(平成8)年
会 長 杉友三千代
副会長 佐々木利江
    遠藤 素子
会 計 大川 京子
    岩崎久留美
書 記 絹川 博子
    小山 祥子
監 査 三幣 達也
県録連 岡 道子
    福島 幹枝

オブリガード 斉藤 準
       杉友三千代
4月より市政だより21日号、製作開始

朗読・アナウンス ボランティア講習会 10月8日〜11月12日

読者との交流会 7月21日  市民ミュージアム・会館とどろき

テープ版 選挙公報10月 衆議院選挙    テープ版「防災ハンドブック
 「あっと!・・・」
新妻 創
 そう〜?もう6年も厄介になっているんですね。講習会には出たものの、当会への入会は腰掛けのつもりでいたのですが…。うン〜ム、最近は仕事多忙もあって参加が間遠くなっています、失礼。
 しばらくの間、インタビューを担当させていただきました。生来興味の範囲が広く(言い換えると散漫)、何にでも首を突っ込む性質で…。−私は常々思うのですが、どんな’コトにも存在の意味があり、それぞれ(コト)に今日現在に連なる歴史が在るのでは、と…。NHKで『プロジェクト]』が評判を博したのも、正にそのことに拠るのでしょう。それは各人が経験した各様のプロジェクト]を番組に重ね映すからなのではないのでしょうか。−
 とは云え、各々は限られた範囲でしか他との関係を持ち得ませんし、その外のことは なかなか窺い知ることができません。ですからいつも人(ヒト)は新しい’コト’モノ’に興味をそそられるのでしょう。そこで、“目”・“耳”になれたらなあと思い、私は『ヒト』をテーマに選んだのです。世の中にはなんと多くの分野で活躍している人の多いことか!そして、それぞれの分野には知ることのできない奥深さが存在することか!実に楽しい経験をさせてもらいました。面白さには事象も在れば、生き方も在ります。私はどちらかと云えば生き方に興味を惹かれます。それは『ヒト』が「何をきっかけに、何を得て、どう変化したのか…。」つまり、その人物(ヒト)の生きざまそのものが既に物語りになっているからだと思うのです。
 さて、そう言っている私の話しの中に既に答えが表出している事にお気づきでしょう。
 『水車の会』そのものが私達の心のプロジェクト]なのです。未知を切り拓いたヒトも、その路に続いたヒトも、その途に在るヒトも…、また充ちるよう育んでいただいたヒト(読者)も、総てのヒトがこの道の主人公です。
 この40年間の満ち足りたヒトトキに感謝いたします。
 Tb be continued!



1997(平成9)年
会 長 杉友三千代
副会長 井原 邦彦
    徳重 豊
会 計 大川 京子
    酒井 和子
書 記 鈴木 早苗
    臼井 久子
監 査 三幣 達也
県録連 岡 道子
    福島 幹枝

オブリガード 斉藤 準
       杉友三千代
朗読・アナウンス ボランティア講習会 10月21日〜12月9日
          この年から外部講師に増山千枝子さんを迎える。

テープ版 選挙公報 10月 川崎市長選挙
回り続ける水車のそばで
増山 千枝子さん
 40周年おめでとうございます。準会員として、心よりお祝い申し上げます。
 40年ってすごいですね。40年前といったら、私、小学校の校庭でゴム跳びして遊んでました。ボランティアのボの字も知らずに・・・。
 水車さんとのお付き合いの始まりは、97年の秋の講習でした。あんなに大勢の前で講師を務めるのは初めてでしたので、大変緊張し、本気で敵前逃亡しようかと思ったほどです。稚拙ながら無我夢中で講習を終え、最後に温かい拍手をいただいたときの嬉しさは忘れません。
 その後、講習を依頼される度に「逃げたい」と思いながら、結局お引き受けしてしまうのは、ツワモノぞろいの会員の皆さんの前に、身を投げ出す恐怖と快感(?)に取り憑かれてしまったからでしょうか。
 講習が終わる度に、自分の力のなさを思い知り、落ち込むのに、水車の皆さんと一緒に飲むビールはいつも美味しい。
 これからも、会員ひとりひとりのエネルギーと魅力に吸い寄せられ、そばでウロウロしてますので、何なりと気軽に使ってください。鍛えてやってください。そして、また美味しいビールを飲みましょう!
 最近音訳した、ネジに関する本で知ったのですが、用水路から水を汲み上げるネジ式揚水機というのがあり、これも「水車」というそうです。筒の外側についている踏み板を足で踏み回し、水を螺旋の中に取りこんで、田畑に流し入れるのです。
 「水車」を一歩一歩踏みしめ、乾いた田畑を潤す姿が、会員の皆さんの日々の活動と重なりました。黙々と、いえ、賑やかに、そして元気に、これからも−歩一歩踏みしめて行かれますようお祈りしております。


1998(平成10)年
会 長 杉友三千代
副会長 井原 邦彦
    新妻 創
会 計 大川 京子
    酒井 和子
書 記 山崎真奈美
    白井 久子
監 査 三幣 達也
県録連 岡 道子
    高田 保子

オブリガード 斉藤 準
       杉友三千代
朗読・アナウンス ボランティア講習会  9月22日〜10月27日

合宿研修会  7月25・26日  高津ホテル

読者との交流会 H11年12月27日 いちご狩り 津久井浜 ホテル・ケープシャトー

テープ版 選挙公報 7月 参議院選挙

水車の会 ホームページ完成

DAISY研究会スタート
悩み多き道楽
(1999年2月会報より)
杉友三千代 (旧姓 野口)
 昨春の会報に「巨大な“水車”を動かす法」という一文を書いたが、「あ〜やっぱりこの水車は巨大だなあ」と改めて思う。当然だ。この4月で水車は35周年を迎える。特にイベントをやろうという時間的・精神的な余裕はないが、35年というのは長いよなあーと思う。盲図のWさんや行政センターのAさんは生まれてなかったとおっしゃる。えっ、Kさんも、Yさんも、Uさんも……?
 会長という立場にいると対外的な仕事が多い。この3年間には「かざぐるま」「ひいらぎ」の10周年、視障協の50周年、読者の菊池さんの褒章受賞パーティー。また、テレビ、ラジオ、新聞、雑誌(すべてローカルだが)の取材。そのたびに水車の大きさを実感する。
 唐突だが、あなたにとってボランティア活動とは何だろう。余暇を生かして誰かの役に立つ?本が好きだから、この位なら自分にもできそう? 定義づけるつもりはないから何だっていいのだが、我々の活動には技術が必要だ。そして、プロではないのだが録音ボランティアとしてのプロ意識(?)も。
 書物には著作権がある。点字図書館などの施設での音訳化は認められているが、誤読や不明瞭はどうだろう、違法だと言えないだろうか。定期発行物に対して、利用登録者がいる。滞りは許されないはずだ。
 「今週は市政だより、来週はえっらん室、その間に音のしおりを3本録って、4月には選挙公報もあるし、単発でパンフレットも入っちやった……」
 どんなボランティア精神を持っていたら、この巨大な水車を動かし続けることができるのだと思う?
 あなたはどうなの、つて?私?私は道楽でやっているだけだから。でもね、読者の役に立つこと、おもしろいって思ってもらうこと、この点だけは絶対に譲れない!
 だから、いろいろ悩むんだよなあ。


1999(平成11)年
会 長 岩崎久留美
副会長 大川 京子
    新妻 創
会 計 岡 道子
    平安 真理
書 記 山崎真奈美
    中江加津子
監 査 三幣 達也
県録連 杉友三千代
    高田 保子

オブリガード 斉藤 準
       岩崎久留美
創立35周年
 
朗読・アナウンス ボランティア講習会 10月12日〜11月16日

合宿研修会 8月7、8日 川崎市民プラザ

読者との交流会 H123月4日 いちご狩り 津久井浜 ホテル・ケープシャトー

テープ版 選挙公報 4月 統一地方選挙

テープ版「悪徳商法について」

DAISY図書、バックアップコピー大作戦 2500タイトルを1ヵ月で完成
七転八倒・末広がり
(1999年2月16日会報・新人さんの独り言より)
島崎 愛子
 台風による悪天候をものともせず、講習会初日に集まった数、数十人。そして最後まで残ったのが、若い人、若いらしい人、それに若いつもりらしい人、計8名。七人ならば「七福神」「七人の侍」と格好いいキャッチフレーズがあるが、八はどうも分が悪い。「八つ当たり」「八つ裂き」あげくに七転八倒なんて、なんだか私たちの行く末が思いやられる。
 七転八倒で思い出したが、無謀にも私たち新人の録音が先日スタートした。本当にテープは回っているらしい。どうやら実践で、自力で育てというのが、会の教育方針のようだ。
 ならば、バクバクと鳴る鼓動を抑え、下手は下手なりに今現在のベストを尽くすより仕方があるまい。
 こんな新人教育法からも会ののびのびとした空気が感じられる。失敗を恐れず思い切ってやってごらん、と背中を押してもらっているような気がする。
 また、分担をてきぱきとこなし、決まった時間の枠の中で仕事を終わらせている諸先輩の姿は、頼もしく気持ちがいい。未だ会の全体像を把握しきれていない今の印象としては、ボランティアの集まりというより「職場」の雰囲気に近いように思う。呼吸がしやすい。
 いずれにしても、私たち8人、一日も早くマンパワーとして動けるようになりたい。台所で一人、玉葱を刻みながら「あえいうえおあお」、お風呂の中で「かけきくけこかこ」の日々は続くのである。
 そうそうこんなのもあった。
 七転び八起き。そして、末広がりの八。


2000(平成12)年
会 長 岩崎久留美
副会長 大川 京子
    新妻 創
会 計 岡 道子
    高田 保子
書 記 手塚 英子
    中江加津子
監 査 三幣 達也
 
県録連 杉友三千代
    井上 久代

オブリガード 斉藤 準
       岩崎久留美
 
朗読・アナウンス ボランティア講習会 10月3日〜11月7日

合宿研修会 8月19、20日  高津ホテル

読者との交流会 H13年3月24日  会館とどろき

テープ版 選挙公報 6月 衆議院選挙

テープ版「障害者 制度利用のしおり」
水車は回るよ、いつまでも
絹川 博子
 録音する本が自分と相性が合わない事があります。「来週お読みします」と言って借りてきた本に仲々集中できなくって、録音当日冷や汗ものだったことが何度もありました。
 録音室はミキサーの方と私と一対一、あ、そして同じ本のコピーを持って一緒に入るモニターさん。語句の間違いをまんべんなくチェックして「やり直し」のサインが出ます。それが新人の方も多かったので、言う方も幸い。「ごめんなさい」と言って読み直すときの恥ずかしさと、自己嫌悪!!鳴呼・・・
 逆にさらりと読めてOKが出た時の嬉しさ、やったね−つて感じで録音室を出、帰宅して、家族中にテープを披露して鼻高々!
 でも、夫だけは一度も賞めてくれたことがありません。「聞く人の事、考えてる?自分が読みやすい様に読んでるだけじゃないか。自分に酔いしれてるのだけだ、分かるのは!」なんと辛らつなお言葉・・・ううっ。
 それからは他の人のテープを一生懸命聞いてみることにしましたのよ。
 自分の色っぽさに未だ気づいてない杉友さんのしっとり時代劇。美しくかなしいお話を淡々と語る今枝さん、これには知らず知らず、なみだぽとぽと。斉藤さんの生真面目なあたたかい語りに衿を正し、ぽっきんぽっきんと固い枝をいともたやすく折りたたんでゆくような松崎さんの硬派の語りに、木枯らし紋次郎の孤独を学び、岡さんのあったか−いつぶやきに癒され、井原さんの九州訛りのべらんめえ調に笑わされ、岩崎さんの年齢不詳の語りかけに魅了(毎度のこと乍ら)され、新妻さんの博識にふんふんなる程、遠藤さんのユーモアにズッコケ、三幣さんの正調アナウンス節に呆れはて・‥あっという間の日々でありました。
 もっともっと紹介したい裏話。50周年をお楽しみに!
 長いおつきあいをこれからもどうぞよろしく。


2001(平成13)年
会 長 大川 京子
副会長 岩崎久留美
    島崎 愛子
会 計 高田 保子
    伊藤美恵子
書 記 手塚 英子
    中江加津子
監 査 三幣 達也
県録連 杉友三千代
    井上 久代

オブリガード 斉藤 準
       岩崎久留美
市社会福祉協議会会長特別賞受賞

朗読・アナウンス ボランティア講習会 10月9日〜11月13日

合宿研修会 8月25、26日  サンワークかながわ

テープ版 選挙公報 7月 参議院選挙

テープ版 選挙公報 10月 川崎市長選挙

テープ版「国民年金のしくみ」
合宿の感想
(2000年10月10日会報より)
加藤 恵理
 こんにちは!新人の(いつまでもそう言っていたい)加藤です。
 行ってきました、水車の会恒例(?)夏の強化合宿。講師は知的美人の増山先生。
 私にとっては初めての音訳に関する講習会なのでワクワクしながらの参加でした。先生の講義は「ピッチ」についてが中心でした。増山先生、そしてそのお隣に鎮座しておられた岩崎会長の愛のスパルタとも言うべき視線がこちらに飛んできては、皆様の前で声を出す事数回。説明を聞けば「ああ、なるほど」なんて頭で理解できていても、いざ読み始めると自分の声が分からない。どんどん冷や汗が出てくる。読み終えた後の周りの沈黙が重かった・・・
 先生の優しいフォローも段々と捻り声に聞こえてくる始末。まずは「毎日特訓よ!」と心の中で誓ったのですが、どうやらその決心は高津ホテルの屋上から見た花火と共に一瞬のうちに消え去ってしまった様です。
 そしてその結果が、「音のしおり」9月号のオープニング&エンディング。
 吹き込み終了後“あなたは叩けば叩くほど頑張れるタイプね,,と言って下さった岩崎さんの目が‘キラリン’と光っていました。し、しごきが始まる予感。どきどき。
 余談ではありますが、最近初めて会った方に“貴方は日本人ですか?タイ人が日本語を話しているような話し方をしますね”と言われました。
 「どういうこと?それってどんな話し方なの?私ってそうなの?」
 どなたか教えて下さい。


2002(平成14)年
会 長 大川 京子
副会長 岩崎久留美
    島崎 愛子
会 計 高田 保子
    伊藤美恵子
書 記 手塚 英子
    石田 優子
監 査 三幣 達也
県録連 杉友三千代
    二峰 仁美

オブリガード 斉藤 準
       岩崎久留美
 
夏の会員研修会 8月3日  川崎市国際交流センター

読者との交流会(ごっとんとん) 9月14日 川崎マリエン 海苔作り体験ほか

テープ版「国民年金のしくみ・改訂版」

テープ版「市行財政改革プラン」
これからの「水車の会」に期待したいこと
読者 酒井栄蔵さん
 水車の会の今後の活動に期待することを思うがままに述べてみたいと思います。
 たとえば、「声または、音による街の地図の作成」などいかがでしょうか。私が川崎の社会福祉センターに初めて一人でいかなければならなかったとき、センターの歩行訓錬士の電話での丁寧な説明で、無事たどり着くことができました。私は今でも川崎駅構内の構造がよくわかりません。しばしば利用している溝ノロの駅前の空中地盤の構造もなかなか飲み込めません。声で丁寧に説明したものがあったならばもっと理解が深まると思います。最近の横浜港の風景や、臨海副都心のイメージ、開通したみなとみらい線の駅の様子などもっとよく知りたいものです。一人で行ったことのないところへも、声の地図はよい参考になることでしょう。
 最近、音声解説付きの映画の上映がいくつかの団体で行われるようになってきました。私はときどき妻と映画を見にいきます。映画館ではあまり声を出して説明してもらうのはまずいことですが、私が解らない部分だけを小さな声で訊ねるようにしています。
 先日「戦場のピアニスト」のDVDを買いました。日本語吹き替えになってはいるのですが、無言のシーンが多くて、あまり理解できませんでした。今映画館でやっていたものでもすぐにビデオやDVDになっています。水車の会でもそれらのソフトを使用して解説付きの映画上映会をやってみたらいかがでしょうか。一緒に映画をみるつもりで簡単な解説でよいと思います。
 私はよく、「本屋で立ち読みしていたら、こんなよい本を見つけた」というのを聞くと、とてもうらやましく思ってしまいます。そこで皆様のご協力で、本屋めぐりの企画はいかがでしょうか。声を出して読んでも客に迷惑にならないようなスペースの確保も必要でしょうから、書店の理解も必要となります。喫茶店付きの本屋もあると聞いたことがありますが、そんなところならば実現できるでしょうか。
 最近パソコンユーザーも増えてきていると思いますが、本のメーリングリストの開設はいかがでしょうか?そこで書評の紹介や、一人一人の読書感想など意見や情報交換するのもよいと思います。いろいろ本を読んでもなかなか人に感想を話す機会がありません。
 よい本はぜひ人に聞いてもらいたいと軍うこともあります。もちろん「音のしおり」は今までどおり続けていただけたらと存じます。
 思うがままに書いてしまいました。一つでも関心を持っていただければ幸いです。
 最後に会の今後の発展を心よりお祈り申し上げます。


2003(平成15)年
会 長 大川 京子
副会長 岩崎久留美
    岩佐 敦子
会 計 高田 保子
    深井 瑞子
書 記 手塚 英子
    伊藤美恵子
監 査 三幣 達也
県録連 杉友三千代
    二峰 仁美

オブリガード 斉藤 準
       岩崎久留美
夏の会員研修会 8月2日  中原市民館

テープ版 選挙年報 4月 統一地方選挙

テープ版 選挙公報 10月 衆議院選挙

読者との交流会(ごっとんとん)
        H16 2月21日 いちご狩り 四街道佐藤いちご園
水車の皆さんとの10数年を振り返って
読者 中西富士江さん
 水車の会発足40周年おめでとうございます。
 いつも水車の皆様には視力障害者協会の行事の手伝いや市政だよりなどのテープ製作でお世話になり本当にありがとうございます。
 私は、17年程前川崎市に来て、視力障害者協会に入会しました。それまで、そのような協会がたくさんのボランティアの方たちに支えられていることをあまり知らなかったのです。私の心に残っている数多い思い出のひとつに、昨年行われた関東ブロックSTT川崎大会があります。それは、水車の会をはじめとするオブリガードのボランティアの皆様の支えがあってこそですが、とてもすぼらしい大会になりました。私たち選手団も日ごろの成果を出せたように思えます。また、毎年行われる川崎市のSTT大会もお手伝いしていただいているので、とてもうれしく思っています。ほかにも、水車の会の交流会に参加させてもらったりと、思い出がたくさんありすぎて、ここに書ききれないほどです。
 私は、録音図書を借りることが少ないので、主に水車の会発行のテープを聞かせてもらっています。私たち視力障害者にとって、耳から入る情報はとても大切なものですし、またボランティアさんの支えなしではいろいろな行事やレクリエーションは成り立たないように思います。
 これからもさまざまな情報提供をお願いいたします。いろいろな行事やレクリエーションなどにもこれまで以上に手を貸していただけたら幸いに思います。
 また、私たち視障者自身も自分たちで出来るところは努力して、一緒に何かをやり遂げることが出来ればいいと思っていますので、よろしくお願いいたします。
 


2004(平成16)年
会 長 三幣 達也
副会長 岩崎久留美
    岩佐 敦子
会 計 深井 端子
    中江加律子
書 記 池原 静子
    及川 郁子
監 査 岡 道子
県録連 深井 瑞子
    伊藤美恵子
    杉友三千代

オブリガード 斉藤 準
       岩崎久留美
創立40周年

朗読・アナウンス ボランティア講習会  6月8日〜7月6日

夏の会員研修会(合宿?)   夏に開催予定

読者との交流会(ごっとんとん)  開催予定

テープ版 選挙公報 製作予定 7月 参議院選
夢 の 名 残
松崎 未知子
 手当たり次第の並行読書が、若い頃からの習慣だ。本にしおり紐がついてなければ、中断する度に、ちらしや手紙、果てはお札まで、いろいろ挟み込む。手近に紙製品がなくて、厚みのあるものを挟んだりすると、結局のところあまり役に立たない。持ちあげた拍子に転がり落ちて、読みかけの位置がわからなくなってしまうことも多いからだ。
 それも、実のところ悪くはない。同じページを何度も読んで、その度に感心したり、相変わらず犯人の目星がつかなかったりしている。
 あるとき、愛読したはずなのに内容が思い出せない本について、人に説明する必要にせまられた。忘れたとは言いにくい。数年前に実家から運び込んだままだった段ボール箱を開いてみた。
 読んだばかりでなく所有までしていた本の多様さに、我ながら目を瞠った。その大半がすでに忘却の名誉殿堂入りしていて、初めて読むのと同じスリルを得られるのは間違いない。若い頃って想像していたより裕福だったのかもしれない。それとも、食より書に重点を置いた経済政策で、スリムな体型と磨きのかかった知性をめざしたのだろうか? 今となっては、無残な見果てぬ夢である。
 そして、「痩せたソクラテス」をきっぱり卒業した現在のわたしは、ページを繰りながらも、挟み込まれた一枚のメモを発見してしまうのだ。己の過去に勝るロマンスがあるだろうか。03の後ろが7桁の電話番号は、それ自体ノスタルジックだが、持ち主の名前が書いてないとなれば、なおさらだ。3をつけてかけてみても、おそらく、その番号は使われていない。.
 でも、もしかしたら、電話線の向こうには、あなたが?


現会員のひとこと
ボランティア精神
大崎 裕子
 不純な動機から講習会に参加し、ずるずると今まで活動に参加させて頂きました。
 水車で私は目には絶対に見えない「人として大事な心(精神)」を皆様に育ててもらいました。
 この心を大切にこれからも続けたいと思っていますのでよろしくお願いします。
水車の皆さんありがとう
池原 静子
 水車の講習に参加して朗読の為のいろいろな条件を知りました。私に出来るかなと思いながら一生懸命すがっていました。
 水車の会のおかげで別の社会の営みも知りました。朗読の事も毎回勉強になって、新しい事を知るという事がどんなに楽しいものか実感しています。
 水車の皆さんから若さのエキスをもらいに出来る限り出席したいと念じています。
 
なぜ今、私は「水車の会」なのか?
渡辺 みどり
 もともと「声を出す事」が好きなだけで飛び込みました。「声を出す」→「言葉に命を吹き込む」に進化しなければという、はるかかなたの目標に気付く事ができたのは、
 水車のすばらしいスタッフのおかげです。今は「声を出す事」が前よりもっと好きです。
心を伝えたい
深井 瑞子
 水車の会に入って新人の頃、ある先輩からの貴重な言葉を今も忘れてはいません。
「読み手が楽しければ、その心は自然に聞き手に伝わる。」でも、その心を伝える術(すべ)を5年間探り続けています。
 これからも終りはありません。何故ならそれは、とても楽しいことだからです。
どんどんウロコが落ちるといいな
大野 洋子
 以前、ごっとんとんでサポートとして読者の方とご一緒した時、川崎マリエンまで電車とバスを使って行くのは大変ですよね、と話したら「でも、それが楽しみでもあるのよね。」との言葉を聞いて本当に目から鱗が落ちました。
 大事な“なにか”を聞いた気がしました。
祝・水車の会40周年
手塚 英子
 先輩はじめ、会員の人達に朗読の第一歩から色々教わり、また支えられ、どうにか入会してから5年目になりました。今後も無理をせず楽しく続けていけたらと思っています。
遅まきながら
伊藤 美恵子
 水車の会に出会えたのは、人生も半ばを過ぎてかなりたってのことでした。
 でも、私は遅まきながら水車の会で多くのことを知り、また気づきました。白杖を持つ方々への街の不親切に気づいたのも、この会を通してです。
 出遅れてはいるけれど、いろいろ知りたく思います。
水車があったから
幸田 国広
 30代を迎えたころ、きわめて政治的な職場で身をすり減らす日々に疲れ、純粋に「自分」の存在を実感できる場を求めていた。水車の皆さんは、どこの馬の骨ともわからない若造を、単なる新人として受け入れ、鍛え、励ましてくれた。
 自分にとって、水車は癒しの場であり、貴重な学び舎だ。サンキュー。
水 車 の 会
三橋 康子
 水車の会に参加して3年たちました。今年40周年を迎える歴史ある会だとわかり驚きました。
 言葉で伝える事のむずかしさを痛感しています。食いしん坊なので、おいしい情報を伝えていきたいと思います。     
 
嬉しい40周年!
松本 美代子
 ボランティア活動をしている感覚はなく、いつも楽しんで作業している私。でも、本当は自覚を持たなくてはいけないのだろうなあ。
 これからもず−と「水」の流れが続くよう願っています。私達のためにも…・。   
  
水車を回し続けるチームワーク
高田 保子
 1年も続かないのでは‥・との家族の予想を裏切って水車の会に在籍6年。
 水車の会の魅力は皆さんがそれぞれに個性豊かで、しかもしっかりと筋の通った頼もしい方々の集まりにあると思っています。気易くチームワークも良くて。
 それにしても先輩達の休むことのない活動と指導力には尊敬の念でいっぱいです。
 「終りの会」って、学生時代に戻ってのホームルームのような、部活のようなで、早い帰宅を望みつつも楽しめるひと時です。  
人生、ままなりません
岸田 多希子
 本を読むことが好きな私だから、朗読なら出来るかもしれない、と思ったのがきっかけでした。
 ところが、あれ?最近やっていることといったら「えつらん室」のフリートークばかり…。
これって、私の最も苦手とするところなのです。
 誰か助けて!       
のどかな昼下がり
岡 道子
 「おばあちゃんの声だ!何の話?」と、孫。
「あれ?お母さんの声、どこから聞こえるの?」と、首をかしげる愛猫。試聴用テープを聞く、のどかな昼下がりです。
 水車の会に入って20数年。水車の会のない生活は考えられなくなってしまいました。    
花の平成13年組
陣内 誠
 ボランティア講座のスタート時には70名近くもいた参加者が終わってみればわずか7名と、はなはだ拍子抜けした3年前の秋でした。
 同期は個性のはっきりした顔ぶれが揃いましたが、それぞれ自分の役割を心得た活動を行い、40周年に立ち会えたと感じています。      
仲間に囲まれて
二峰 仁美
 私が録音奉仕という仕事を初めて知ったのは、中学生の時のこと。聖書の朗読奉仕を計画したが生徒の数が集らず中止となった。
 この時の経験が、私の中にこだわりとなって残り、いつか絶対にこの仕事はするぞ、と心に決めて探し求めて水車に行き着いた。
 今は良い仲間に囲まれて、大変幸せである。
私 の 夢
井原 邦彦
 水車の会、40周年おめでとう。
 またこの会を支えてきた多くの人達に有難う。
 そして現在この会にいる自分を見出しているところです。
 私には夢があります。隣の国・韓国で水車の会を開きたいこと、韓国にも視覚障害者はいるでしょう。
 こんな私の夢の源になっているのは名もないアメリカ人が作った「青春」という詩文です。
川崎の道しるべ
岩佐 敦子
 川崎に引っ越してきて、なかなかなじめないと落ちこみかけた頃、水車に出会いました。市政だよりを読むことで土地カンが出来、食いしん坊なメンバーのおかげでおいしいお店も覚え、やっと地に足がついた気がしました。
 いい刺激をくれる仲間達に感謝、感謝です!
10年先を目指して
小竹 静枝
 50代も半ば過ぎ、学生気分で講習を受け“水車の会”に参加するようになって2年半。今でもマイクの前では緊張のあまり原稿の一点しか見えなくなる事があります。
 テープの向こうにいる読者の方により正確にお伝えしたいものと、先輩の読みから盗んでは学ばせてもらっているところです。
“IT化”が進んで
遠藤 素子
 インターネット、メールなど"IT化"の波がおしよせていますが、音声化ソフトを利用するパソコン操作は難しい面があります。でも意欲があるかたを応援しようと思います。
 水車の会のホームページを担当して以来、「朗読」から「パソコンサポート」に移行した今日この頃です。常に新しいことへの挑戦を忘れない水車の会を自慢しながらやっていきます。 
40周年:雑感
中江 加津子
 川崎市民でありながら留守が多く、地元にあまりいない私は「水車の会」で、川崎市のことをより知ることができたり、また活動を通じていろいろなことを経験できることがよい刺激になっています。
 「40周年」というこの機会に巡り会えたことで、気持ちも新たに自分の力が発揮できればよいなと思っています。 
無 題
上阪 真紗子
 マイクの前で姿勢を正してお腹から声を出したって、あの手(声)この手を使おうと駄目駄目。小手先のノウハウじゃあないんだね。自分の信念や考え方や生きざまがまるまる出ちゃうからとても恥ずかしくてね録音した声を人に渡すことが最近。
 だから欠席続きなんだ実は(泣?)
 祝40周年おめでとう(笑)乾杯!
水車の会に参加して
萩野 小鈴
 「ボランティアグループひいらぎ」を通じて「水車の会」に参加させていただいております。
「水車の会」の中でも「えうらん室」という特殊な部門に属しています。毎回、目からウロコです。
 これからもどうぞよろしくお願いいたします。
7年目の浮気?
井上 久代
 水車の会で初めて音声訳ボランティアを知りました。
 テープに吹き込んで、それをパソコンでCDにして、皆様に聞いていただく、と夢はどんどん膨らみます。けれども、スタートの本読み段階でつまずいている水車7年目、そろそろこのあたりで…・ 
40年目の決意?
斉藤 準
 初めてのリクエストは"夫婦12ケ月"でした。
 どうもいまいち理解が足らず、人生経験豊富な方へお願いした記憶があります。
 以来40年、一冊も完成しておりません、と言っておりましたら、親切な方が"心理学入門"朗読者斉藤準がありますと教えてくれました。そういえば、当時は何故か心理学書の注文が多かったような、"異常心理学"などというものも読んだような記憶がありますが、合作だったか。
 そうだ、入れ歯になる前にせめて2,3冊は作ろう。
 40年目のささやかな決意です。
100周年記念誌の時には原稿締切日を守ります
及川 郁子
 水車の会に参加させていただいて、2年が経ちました。暑い夏の研修会、寒い冬の帰り道を2周り‥‥
季節の香りを感じながら、これからも頑張っていこうと思います。
 たくさんの方々との出会いに感謝!です。

編集後記

 
 今年、川崎市は市制80周年を迎える.。
 ということは、その半分の年月を水車の会は活動してきた。なんだかすごいことのように思われる。
 40年というのは、やはり長い。その足跡を辿るのはなかなか大変だ。

 私は、10年前に発行した30周年記念誌も編集を担当させてもらい、勝手ながら、今回はその続編のような構成でまとめさせていただいた。
 お読みいただいてお気付きのように、この10年の間に新たな仲間と出会い共に歩んできた。
 これからも軽やかに、柔軟に、そして積極的に活動を続け、着実に成果を積み重ねられたら、10年後の記念誌も充実した内容になることだろう。
 (きっと‥・) 
                           M・S
 

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